脱検索ブログ

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10年前、IT企業で過労死しかけ、睡眠障害(そううつ病)を発症。以後、休職・退職+妻に愛想をつかされ離婚のコンボで、池に転がっていくドングリの様に、人生を転落中です。

ですが、運よく知人から声を掛けられ、2017年より、広島で便利屋を起業することになりました。現在、知人と共に、人工知能を応用した、ソフトウェアを制作中です。

当ブログでは主に、人工知能の進化による、未来の雇用の喪失を懸念しています。



カテゴリ: 発達心理学


メーガン・ワシントン なぜ人前で話す恐怖の中で生き続けるのか
http://www.ted.com/talks/megan_washington_why_i_live_in_mortal_dread_of_public_speaking/transcript?language=ja


私は吃音症ではありませんが、電話口とかで大量の「あっ」を連発します。

あっ、最近「真面目系クズ」という言葉がネットでみられますが、私は恐らく、その部類に該当します。

あっ、でも「クズ」は侮辱表現と認識しているため、自分自身には、使いません


私は「クズ」か(内部リンク)
http://tsuma-kowai.blog.jp/archives/1018151660.html



という訳で、私は、私を「真面目系ボウズ」と定義します。あっ、私には、まだ、髪の毛があります。


まじめに まゆを ととのえる おっさん(自分のイメージ)
https://estrip.org/content/users/paul/0508/AngryTerry0515.jpg



ええっと、本題に戻ります。

この映像をご覧になった方は、重複になります。申し訳ござません。 

この方は吃音症です。


吃音症 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%83%E9%9F%B3%E7%97%87



映像をご覧頂いた方の大半は、言葉の「引っかかり」を感じたと思われます。

私は、日本国憲法第14条の観点から、この方を、全く差別しません。

この方のスゴイところは、吃音症という「逆境」を乗り越え、それを「笑い」に転嫁していることです。

このような「自分が自分で笑い飛ばせるような」世界が広がることを、私は、希望しています。


smile
http://i.dailymail.co.uk/i/pix/2009/04/22/article-1172469-04955972000005DC-501_468x313.jpg


もちろん、人生、笑えることばかりでは、ありません。

私は、睡眠障害がうまくコントロールできず、決まった時間に、仕事が出来ません。

この5~6年、何度もリトライしましたが、うまく行きません。もう、疲れきっています。


うなだれる木(自分)
http://zuzutop.com/wp-content/uploads/2010/01/bizarre-tree-.jpg



いつも妻を悩ませています。

法令違反をしているつもりではないのですが、申し訳なさで一杯です。

私は、少しでも、ココロのコントロールを失うと、胸が痛み、哀しくなります。


胸が痛むイメージ 絆創膏は、お薬です。
https://trimed04.files.wordpress.com/2011/11/broken-heart-sad-songs-12767134-383-313.jpg


でも、どこかで、一瞬でいいから、笑いたい。

私は、時折、ふざけた文章を書いています。

自分の文章を見て、笑うこともあれば、悲しむこともあります(=文才が全くないため)。

神様、1%の笑いでいいので、私に、下さい。

I need something to make me smile.

今の私は、笑えません…


sad child
http://danielobrienlaw.com/wp-content/uploads/2014/02/bigstock-Child-abuse-24665465.jpg


私は34歳にもなるのに、60歳になる私の父に、未だに、遠回しに、責められます(=その様に、私が感じています)。

私のココロは「sad child」になります。

法律の概念からみると、父に非があるのは、理解できます(=強要罪、脅迫罪)。

さすがに、昔のような暴行・傷害罪は、もう出ませんが。


しかし、私は、予見しています。

父親からの「暴行・傷害」「予見」しています。

未だに、親の「言葉の抑揚(特に怒り)」父親の「発言の内容(アドバイス)」父親の「スリッパの足音」父親の「表情」父親の「空気」に、私の身体は、超敏感に反応しています。


自分が制御できません。

私は、不安です。

uneasiness
http://images.elephantjournal.com/wp-content/uploads/2013/03/basement_series_sadness-500x332.jpg



今の私は、笑えません…

表情の分析研究



私達は、新しい扉を、開こうとしている。


人間より、賢い、何者かが、生まれようと、している。



クリボーの死を理解する「人工知能マリオ」プロジェクト
http://wired.jp/2015/01/22/super-mario-artificial-intelligence/



私達は、引き返せない。

文明の進歩が、予測不能な、人の動きに似た、気持ちの悪いものを、作り出そうと、している。


AIは「学習」をする。
人よりも、はるかに早い、スピードで。

AIは「選択」をする。
人よりも、はるかに合理的な、判断力で。

AIは「労働」をする。
人よりも、はるかに高い、生産性で。

AIは「創造」をする。
人よりも、はるかに独創的な、発想で。



幼少期からの、長い「義務教育」や「学習」や「休息」や「睡眠」が必要な、我々「人類」は、もはや、彼らの「進化のスピード」に、全く、追いつけない。


もう、誰も、止められない。


笑うしか、ない。



表情分析アルゴリズムの研究(英・英語)
http://ibug.doc.ic.ac.uk/research/subspace-learning-for-face-recognition/


→コンピュータは、私達の「表情」を元に「非言語コミュニケーション」を解読し、少しずつ、しかし、「確実に」「人の感情」を、読み取り、人間を「理解しようと」しています。


画像参照元…「Wikipedia 表情」(著作権なし※)

※私は、上から2行目、左から3番目のような「表情」を、しています。


微小表情分析メカニズム
http://microexpression.jp/html/microexpression.html


→私達は、言葉よりも、表情を、優先的に、処理します。

私は、虐待や暴力を受けて、育ちました。

だから、この、表情の「探索深度」が、極めて、深いです(=顔色を、伺う)。

同時に、私は「神経質」です。

毎回、相手の「表情」を「するどく分析」するため、頭が、すぐに「疲労」します。

妻には「覚悟」を伝えていますが、私は、恐らく、どう頑張っても、長生き、出来ないと、思って、います。


ロボットポータル 赤ちゃんのようなもの
http://robonable.typepad.jp/news/2010/03/04erato.html


5年前の記事ですが…

今は、どうなのでしょう?



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おじいちゃんとおばあちゃんの絵



これは、私が、幼稚園の頃に書いた、おじいちゃん(左)と、おばあちゃん(右)の絵です。

得られた知見は、以下の通りです。


1.どう見ても、私のおじいちゃんは、ムーミンに出てくる「ニョロニョロ」です。したがって、おじいちゃんは「妖精」である可能性があります。もしかすると「自然薯」かも知れません。もし、仮に自然薯だったとしても、決して「食べないで」下さい。

2.おばあちゃんは、頭に「屋根瓦」を載せています。また、おばあちゃんの右目は、球体の周囲に「輪」が存在するため「土星」である可能性があります。口元にくわえているのは「赤いスプーンのようなもの」でしょうか?

3.おじいちゃんと、おばあちゃんは、当時、極めて激しい「決戦」を繰り広げていた疑いがあります。

4、右上のモノは、何でしょうか?太陽でしょうか?もし太陽だったとすると、笑っているのは、極めて不自然です。しかし、これが太陽なら、おばあちゃんの頭の上に「屋根瓦」が載っていることが、極めて合理的であると、解釈できます。別の見方をすると、この物体は、まばらに「毛」が生えています。「何毛」でしょうか?もしかすると、これらは、手や足の機能を有している可能性もあります。そう考えると、手足は8本あり、この丸いものは、虫でいう「クモ」の仲間に近いと、推測されます。


いずれにしろ、私は、おじいちゃんと、おばあちゃんが「大好き」です。



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人が人を怒鳴りつけるイメージ



私は「自らの立場や地位を利用して、声を荒げ、相手を怒鳴る行動をとる人間」が嫌いだ。

私が幼い頃の父親が、そうであった。

普段は温厚で義理人情に厚い父親だが、酒を飲んだり、自分の指示に私が従わないなどすると、突然、機嫌が悪くなる。急に不機嫌な表情になり、机や壁を叩いたり、扇風機を投げ飛ばしたりして、とにかく「暴れた」

だから、私は幼い頃から、家庭内では常にビクビクしていた(今では妻にビクビクしている)。

このように育ったからか、今でも、何か大きな物音を聞くと、ヤドカリが貝にシュッと隠れるように、身構えてしまう。怒鳴られると、頭の中が真っ白になり、パニックになる時もある。

今思えば、父親には反抗期が全く無かった。

心理学の本を何十冊か読み、調べてみると、この様な家庭環境で育った子供は「自己嫌悪」や「罪悪感」を抱きやすくなるという。

つまり、よく分からない理由で怒鳴られ続けた結果「父さんは悪くない。自分が悪いからこうなる。自分は悪い子だ。存在が罪悪だ」と解釈する様になるらしい。

確かに、身に覚えがある(一時期、「働けない主夫なんて、社会のお荷物だ、社会の迷惑だ、自分は居なくなった方がいい」と罪悪感を感じ続けた頃があった)。

自分は、最近ようやく、この状態から抜け出しつつある。


ポイントは、以下の通りである。


•まず、一旦、父親とのコミュニケーションを絶つ。



父親の「人格(存在)と行動」を区別する。

父親の人格(存在)を無条件に認めた上で、「怒る、机や壁を叩く」などという、「父親の特定の行動」を批判する(愛情と憎悪の両立)。



自分の「人格(存在)と行動」を区別する。

自分の人格(存在)を無条件に認めた上で、「無理をして相手に合わせる、相手の要求を断れない」などという、「自分の特定の行動」を批判する(愛情と憎悪の両立)。



•誰かに怒鳴られた場合は、自分ではなく、「怒鳴っている「相手の行動」に問題がある」と認識する。

•同時に、怒られているのは「自分の行動」であり「自分の人格」ではない事を認識する。

•万が一、相手が「自分の人格」を非難してきた場合(お前はダメだ!バカたれ!等)は、法律違反(=名誉毀損など)に該当することを認識する。

•万が一、相手が「自分の行動」を制御してきた場合(こうしないと許さん!こっちへ来い!出ていけ!等)も、法律違反(強要、脅迫など)に該当することを認識する。


この方針に則り、今夏、自分は、まず、父親に対し、しばらく距離を置くことを提言した。

数ヶ月後、父親から受けた「嫌な行動、嫌だった行動」を、リストアップした(怒鳴る、酒を飲んで暴れる、物を投げるなど)。

そして、父親の人格(存在)を無条件に認めた上で、父親の行動だけを批判した。その内容を、手紙に書き、父親に送った(育ててくれた感謝と、特定の行動に対する批判)。返信は不要と明記した。

さらに数ヶ月後、自分がした「嫌な行動、嫌だった行動」をリストアップした。

そして、自分の人格(存在)を無条件に認めた上で、自分の特定の行動だけを批判した(過去、怖い上司に逆らえず、残業につぐ残業で、無理して仕事を頑張ったことなど)。


「父親が悪い」から、

「父親は、悪くない」+「父親の特定の行動が悪い」に再定義する。


「自分が悪い」から、

「自分は、悪くない」+「自分の特定の行動が悪い」に再定義する。


こうすることで、「父親は悪くなくて、全部自分が悪い」という、自分を苦しめる固定概念を、徐々に消していく

そうすると、これも数ヶ月間の変化だが、自分の中で、罪悪感や後ろめたさが、だんだん無くなってきた(今では、この手の罪悪感は、錯覚の様なものだと考えている)。


この様な手法は「認知行動療法」と呼ばれている。

万能な手法ではないが、もし、このブログを読まれている方で、「私は悪い子だ…」と罪悪感を感じている人がいるならば、参考にしてみて欲しい。

そして、自分に優しく語りかけ、自分がどうすれば楽になるか、考えてみて欲しい。他人よりも、まずは、自分を優先して欲しい

他人に優しくするのは、自分を満足させてからでいい。

他人の表情や言葉に左右されなくてもいい。

例え、目上の立場の相手(親や上司)が何か理不尽な事を要求してきても、あなたは、毅然として、その要求を「嫌です」「出来ません」「やめてください」と断る権利がある。

その権利を相手が認めず、強い立場を利用して、ムリヤリ強要や暴行をするなら、それは、相手の行動に重大な問題がある(=法律違反)。

まずは、自分の意志を、自分で尊重してあげて欲しい。

そうしないと「自分は悪い子だ」という特定の思考に囚われてしまい、最後は自分が潰れてしまう。

自分は自分で守ってあげないと、最後は、誰も守ってくれない。

自分は自分で褒めてあげないと、最後は、誰も褒めてくれない。



まずは、自問自答する。


「私は、この行動が好きか?嫌いか?」

好きなら、続ける。
嫌なら、やめる。


「特定の行動が悪い子」は存在しても「存在自体が悪い子」は、決して1人も、この世にいてはならない


もし将来、子育てをする機会が生まれたら、この点を踏まえて、じっくりと子育てに取り組むことを、私は決めた。

なお、私の子育てのスタートは「子供自身の意志を常に尊重し、人格(存在)を認めた上で、社会的•法律的に反する行動を適切に指導し続ける」ことである。

つまり、「あなたが悪いんじゃない。あなたの、この行動が悪い。なぜなら、〜だからだ」と、何度も何度も、ちゃんと「言葉」で伝える。

もし自分の感情がコントロール出来ずに、子どもを怒鳴ったり睨んだりしたのであれば、私は子どもに「自分の行動に問題があった」と言い「子どもに誠意をもって謝る」

もし、子どもに暴力を振るったのなら、法律に違反するため、私は妻と共に「警察に出頭する」(子どもの身の安全を考えると、私は私を子どもから引き離さないといけない)。

進路については、可能な限りの選択肢と、その実現可能性とリスクを、本人と一緒に(嫌がれるかもしれないが)考えた上で、最後は「本人に選ばせる」

ゴールは「このクソおやじ!!」と子供に罵倒され、子供と言い争い、子供が自然に「親離れ」をしていくことである。

実に、人間らしいと思う。


では、皆様、良い休日をお過ごし下さいm(_ _)m



支配されちゃう人々






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