脱検索ブログ

→緊急の方は、こちらを、ごクリックしてください。当ブログの「コア」です。情報爆発の時代です。そんな中、チキンな私が、自分なりに、情報を整理してみます。

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10年前、IT企業で過労死しかけ、睡眠障害(そううつ病)を発症。以後、休職・退職+妻に愛想をつかされ離婚のコンボで、池に転がっていくドングリの様に、人生を転落中です。

ですが、運よく知人から声を掛けられ、2017年より、広島で便利屋を起業することになりました。現在、知人と共に、人工知能を応用した、ソフトウェアを制作中です。

当ブログでは主に、人工知能の進化による、未来の雇用の喪失を懸念しています。



2014年11月

妻は、帰宅するといつも、ドスの効いた声で「ノド乾いた〜」とつぶやいてくる(視線は合わせて来ない)。

私は、反射的に麦茶を用意する。

ちなみに、気候による暑さ寒さを、私の肌と温度計+湿度計(いずれも100均ダ〇ソーで調達)で総合的に勘案し、妻の指示が無くとも、冷たいお茶か、暖かいお茶か、私が選んでいる。

また、その日に合った最適な温度の麦茶を厳選して提供している(省エネ•時短のため、冷蔵庫に丁度良い濃度の麦茶を常にストックしておき、冷たいお茶はそのまま、暖かいお茶は、素早く電子レンジで温めて出している)。

恐らく、これら一連の行為を、妻は「当たり前」と感じているだろう(表情で分かる)。

一般的に、人が「当たり前」であることを認識するには、1度「当たり前が当たり前でない環境」に、身を置いてみる必要がある。

1度、家出でもして妻を困らせようと考えたが、恐らく、私が居なくなったら、妻は職場で普通にお茶を飲んで帰ってくるだろうと考え、やめた。


そういえば先日の夕方、何の前触れもなく、突如、水道が止まった(多分、物件が古いためだと思う)。

「当たり前」が突然、機能しなくなると、やはり人は慌ててしまう。

「トイレ流せない。どうしよう?」
「手洗い出来ない。どうしよう?」
「今晩風呂入れない。どうしよう?」
「麦茶を用意出来ない。どうしよう?」

幸い、水道は約3時間後に復旧したが、日頃の「当たり前」に、気がつけなかった自分を反省した。

すぐに、近場のスーパーからミネラルウォーターを箱買いし、狭い部屋を、さらに狭くした。

改めて身の周りを見回してみると、実に驚異的な「当たり前」が多い(※)

※可燃性のガソリンを積んでいる車が勝手に爆発しない、交差点の信号が支離滅裂に点灯しない、ネットで注文した荷物が自宅に必ず届く、スマホのフリック入力で「い」を選ぶと、画面に「え」ではなく、必ず「い」と入力される、妻が毎晩帰宅してくる等。

「当たり前」に、改めて感動した1日であった。


DSC_0090


※上記の写真は、有り難くも妻から与えられた、海外産のお菓子である。何度やっても、まともに開封出来ず、改めて「当たり前」の驚異を知ることとなった。





→我が家のキッチンコンロの下には、この箱と同じものが、1箱、収納されています。


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人力知能で作った鏡の写真


以前のブログにも書いたが、我が家には、脱衣場が無い。加えて、洗面台もない。

だから、朝は、交代しながら、台所で顔を洗い、歯を磨いている(勿論、妻優先)。

惨めだとは思わない。自分達が選び、自分達が決めた結果だから。

しかし、台所には鏡が無い。

当初は、これが大変に不便だった(歯磨きの後、口の周りに白い粉がついていないか、夫婦で相互にチェックをしていた)。

壁は白壁だが、全体的にコンクリートそのものなので、釘や画鋲が打てない。

そこで、写真のような、給湯器に併設可能な鏡を、自前で作った。

鏡は昔、100均で仕入れたものであり、その他の部品(ネジなどのステンレス金具)は、近くのホームセンターにあるものを、熟考に熟考を重ねた上で、組み合わせた(1時間ぐらい売り場に居たので、多分、不審者に見えたと思う)。

部品代だけで、大体5百円で作成できた。

いつか、ガス屋さんに見つかったら注意されると思うが、放熱も上手くいっている(給湯器を使用後、気合いを入れて、金具を手で触って確認)。

ネットを調べたら、恐らく何か、もっと良いアイデアが転がっていたと思うが、自分は、あえて調べなかった。

時間がかかっても良いので、何か良いアイデアを、自分で考え出したかったからである。

多分、今の世の中だと、この行動はタブーとなるだろう(個人ではなく、集団で、アイデアを出し合い、方向性を決め、物事を実行した方が、はるかに効率が良い)。

でも、自分は自分で考えたかった。

結果、妻も私も、自分で自分の身だしなみがチェック出来るようになった。

困難に直面した時に、まずは自分で何とかする姿勢は、これからも大事にしたい(もちろん、適切にヘルプを出す判断力も必要だが、その力は、個人的に、2の次、3の次と思っている)。

恐らく、今や、殆どの家庭には、鏡付きの洗面台があると思う。

「鏡が無いと、不便だ」という発想は、何十年も前に既に課題になり、先人達の知恵によって解決されたのであろう。

わざわざ鏡を自前で作るのは、1円にもならないし、現代文明から見れば、恐らく「ムダ」であると思う(非効率)。

しかし、自分は楽しかった。
貴重な経験が出来たと思っている。

我々の子供が大人になっても、この様な楽しい世界が続くように願いながら、今晩も、妻の後に、鏡の前で歯を磨こうと思う。


コスパの良い、電動歯ブラシの写真


→2年前、知人の結婚式の引き出物(カタログ)経由で入手。中身の電池は100均の充電池+充電器(合計216円!)を使い、今も元気に活躍中です。


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隣の布団で妻が寝ている。

まるで、冬眠中の熊のようだ。
出来れば、このまま来春まで冬眠して欲しいところだ。

ところで、よく巷で「会社は家族だ」「いや、会社は家族ではない」という議論を耳にする。

自身に「会社は家族か?」と問いを立ててみたところ、ぱっと答えが浮かばない。

答えが浮かばないのは、「会社」と「家族」が、それぞれ何を意味しているのか、私の中で未定義だからである。

調べてみると、法的に「家族」というものは、定義されていない様だ(家族という概念は、時代と共に変わるらしい)。

だから、今日は、自分の中で家族を定義する。

まず、戸籍に記載してある関係を、私は家族と定義する。

夫(自分)…家族
妻…家族

次に、戸籍は別であるが、いわゆる親族関係にあり、かつ、顔見知りであり、かつ、何かあれば、採算度外視で互いに協力し合える人々を、私は家族と定義する。

父…家族
母…家族
弟…家族
弟の妻…家族

父の父(死没)…家族
父の母(死没)…家族

母の父…家族
母の母…家族

父の姉…家族
父の姉の夫…家族

父の姉夫婦の長男…家族
父の姉夫婦の長男の妻…家族
父の姉夫婦の長男夫婦の長女…家族
父の姉夫婦の長男夫婦の次女…家族

父の姉夫婦の長女…家族
父の姉夫婦の長女の夫…家族
父の姉夫婦の長女夫婦の長男…家族
父の姉夫婦の長女夫婦の次男…家族
父の姉夫婦の長女夫婦の3男…家族

母の弟…家族
母の弟の長男…家族
母の弟の長女…家族
母の弟の次女…家族

母の妹…家族

妻の父…家族
妻の母…家族
妻の兄…家族

妻の父の父(死没)…家族
妻の父の母…家族
妻の父の弟…家族

妻の母の父…家族
妻の母の母(死没)…家族
妻の母の兄…家族
妻の母の兄の妻…家族

妻の母の兄夫婦の長男…家族
妻の母の兄夫婦の長男の妻…家族
妻の母の兄夫婦の長男夫婦の長男…家族
妻の母の兄夫婦の長男夫婦の次男…家族
妻の母の兄夫婦の長男夫婦の3男…家族

妻の母の兄夫婦の長女…家族
妻の母の兄夫婦の長女の長女…家族
妻の母の兄夫婦の長女の次女…家族

以上を「家族」と定義する。

上記以外の方々(=自分の先輩•後輩•同期•親友を始め、ご縁の無かった人々も含め、今までお世話になった全ての方々、果ては日本中の人々や世界中の人々)に対しては、自分の周りに水平に展開する「尊敬すべき人々」と定義する。

ゆえに、私の中で、会社(および会社の人々)は、尊敬すべき対象であるが、家族ではない。


【結論】会社は家族ではない(少なくとも、今の私の中では)


妻が起きそうだ。

息を潜めて、投稿します。





→妻がファンです。妻が不機嫌な時は、さりげなくBGMで流したりします。福山雅治さん、本当に、ありがとうございます。


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今朝も、妻が「チッ、さぶい」と地球の気候に文句を言い残し、チャリで出勤していった。

普段、妻の文句は、全て私に集中するため、最近の地球には、申し訳ないが少し感謝している。

ところで、叩かれることを承知で書くが、私は身体が強くない(だから叩かないで欲しい)。なので、現在のところは、やむなく主夫業を選択している。

(反面、妻の身体は鬼のように強い。もしかすると、人の仮面を被った本物の鬼かもしれない)。

もし、私の身体が強ければ、妻と共に外に出て働いていたであろう。

(今も主夫として、僅かな体力を駆使して料理や食器洗い、掃除、妻からの言葉に対するサンドバッグ役などをこなし、実質的に働いているのだが、残念ながら、現代の日本は、お財布を共有する家族間で完結する仕事は、働いても、基本的にお金が流れてこない=無償労働)。

しかし、時代が変わった。

お父さんが「一家の大黒柱(=1馬力)」となり、家族の生活を支えるスタイルは、もはや時代遅れの感がある。

では一家の大黒柱の代わりに何が登場したのかというと、共働きによる「一家の小黒柱×2本(=2馬力)」というスタイルである。

「小黒柱が2本」これがミソである。
「大黒柱が2本」ではない。

今、我が家は経済的に困窮している(ただし、物質的、精神的には豊かである)。

これは、妻の頑張りが足りない訳ではない(妻がこれ以上頑張ると、私は多分、リアルなサンドバッグになるので勘弁願いたい)。

ただ単に、妻が薄給なのだ。
妻は、社会的な要因で、いつのまにか「小黒柱」になっていたのである。

ひと昔の時代は、日本の経済という大きな屋根は、多くの男性による大黒柱によって支えられ、成長してきた。

ここ最近、女性の社会進出がどんどん進み(これは個人的に喜ばしいことである)、大黒柱はどんどん増えていくはずだった。

しかし、気付くと、ほんの僅かな大黒柱と、大多数の小黒柱が出現した(ように私は感じる)。

それでも、日本経済という大屋根は支えを失わず、少なくとも機能している。

ふと思った。

「日本経済という大屋根が、殆ど成長しない」状態で、「柱ばかりが増えてきているのではないか?」

極論だが、今、失業者やニートの方々全員に、就労を強要すると、多分、大多数の「極小黒柱」が生まれる気がする。これはまずい(極小黒柱=ワーキングプア層)。

だから、まずは、日本経済という大屋根が大きくならないといけない。もしくは、不要な柱(私など)は、一時的に取り外さないといけない。

大屋根が大きくなれば、自然と、皆が大黒柱になる。一時的に取り外した柱も取り付ける必要が出てくる。

問題は、日本経済という大屋根を、どうやって大きくすれば良いのか、現時点で、よく分からない点にある(農業•漁業•工業•サービス業の次にあたる産業)。

多分、政治家の人達も、よく分っていないんだと思う。

画期的な次手が発明されるまで、我々はじっと耐えて待つしかない。

鳥瞰的な視点で物事を考えずに、ただ目の前の「義務だから」「周りが働け働けというから」「無職だと後ろめたいから」という理由で、戦場のような職場で闇雲に働くのは、私は、あまり良くない事と思う。

現状、日本は平和な国で、殆どの事柄は不要不急である。

いつも、電気•ガス•水道•ネットが使える。スーパーに行けば物資がある。車も電車も、全体的に大きなトラブルなく、いつも走っている。誰かが物を落としたら、すぐに誰かが拾って「落としましたよ〜」と声を掛けてくれる。

素晴らしい世の中が、この日本には既に形成されている。

だから、自身の身分が会社員であるとか無職であるとか、そんなことは一旦、脇に置いて、まずは「各自、自分の持ち場を守る」。

そして「自分と自分の身の回りの人々も含めた、これからの日本に住む人々が、各自、自身のことを幸せと感じながら生き続けるために、自身はどう動けば良いか」を考える。

もちろん、金銭的な制約が厳しいが、無職で生きるという選択肢もありうる(その結果、誰かに雇用が生まれ、その人が金銭的に助かる可能性がある)

じっくりと自分と対話し、今の自分が好きで出来ることを決める。嫌いで出来ない事はしないと決める。出来ない事は、相手に「出来ない」と伝える。

私は、家事に専念する。
そして、これからも妻の愚痴のサンドバッグになるつもりだ。





→大黒柱を始め、建築物に関する基本的な知識が、分かり易い図と共に、上手くまとめてあります。


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自分は、卑しい。
つい、この様なワードで検索をかけてしまった。

↓結果の要約↓

「まずは、ザックリと100個の記事を書く」
「後は、神に祈りながら更新する」

ちなみに、この記事を書いた方は、月に20万円を稼ぐようになったとの事(本当か?)。

個人的に、ふと思ったのが、近いうちに、「ブログ記事をとりあえず100個作るツール」が作成されるんじゃないかと。

(あるいは既にツールが作成されていて、我々は機械の作成した「コピー&ペースト」された記事を、「リアルな人が書いたもの」と騙されて読んでいる可能性があるんじゃないかと)

「そんなバカな」

そういう方は、近所のコンビニに駆け込んでみて欲しい。

そして、目の前に展開されている商品を「機械により大量生産されたもの」と「人力でコツコツ生産されたもの」に分類して欲しい。

後者は、野菜などの一部の食品を除き、殆どと言ってよいほど「無い」。

その殆どが、人間が全く勝てないレベルの「コピー&ペースト」で成り立っている。

コンビニそのものもデザインが「コピー&ペースト」であるし、コンビニの前を走っている車も基本的に「コピー&ペースト」である。

毎年の行事(クリスマスや盆正月、ハロウィン)などもイベントの「コピー&ペースト」であり、労働時間や休息など、毎日の生活リズムも基本的に「コピー&ペースト」である。

曜日も、月日も、1年の暦も、地球が自転するのも、地球が太陽の周りを回るのも、基本的に「コピー&ペースト」。

その内、我々人間も、どんなに仕事を頑張ったとしても、ホームレスになったとしても、才能を開花させお金持ちになったとしても、誰かの人生の「コピー&ペースト」に過ぎないんじゃないかと、気付き始めるだろう(もう気付いている人も多いと思う)。

だからといって、「自分は、存在価値の無い、ダメな人間だ」と、自ら落ち込む必要はない。

コピー元だろうがコピー先だろうが、少なくとも今の日本国憲法下では、我々国民は、「無条件に存在して良い」のである。

少なくとも、この文章を、ここまで読んだ方は「日本語が正しく読める能力がある」。

この文章に賛同する方は「相手に賛同する能力がある」。

この文章を批判する方は「相手を批判する能力がある」。

この文章に関心を持った方は「相手に関心をもつ能力がある」。

この文章に無関心な方は「相手に無関心になれる能力がある」。

この文章を読むことを、途中で切り上げた方は「相手の情報を、カットする能力がある」。

この文章を、ここまで読むことが出来た方は「相手の情報を、我慢強く受け止める能力がある」。


【結論】親や他人の能力と比べて、自分の能力の優劣を決める時代は終わった。人類の能力(労働力)は、近い将来、人工知能や精密機械の圧倒的な能力(労働力)にひれ伏すだろう。

ただ言えることは、以下の3点である。


「あなたは、あなたがあなたである限り、何らかの能力を有している事は確実である」

「その能力は、親や他人と、イチイチ比べる必要はない(精密機械に比べれば、所詮、ドングリの背比べである)」

「あなたは、無条件に存在して良い存在である」


どうか、生き抜いて欲しい。


written by 人工知能



【追伸その1】以下の広告は、私が選択した商品ではない。

人に代わって、コンピュータが、ネット全体から、現在売れ筋の商品を選び出し、自律的に判断し、リンクを自動生成している(=人工知能の概念に近い)。

SFの世界が、既に今、目の前に展開されているのである。





【追伸その2】以下のタイプの広告は、人力知能(私)が厳選したものである。




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