義理人情を利用して「原稿料1000円」ってどういうことだ
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20130423/247128/?P=1&ST=smart


この方は、私から見て、かなり性格的にキツめですが(=ぜひ、妻と戦って欲しいです)、 何か、関西人の商人気質を感じるので、好感が持てます。


検索ワード「遙 洋子 Wikipedia」


私は、コンピュータには、恐らく持てないであろう「義理人情」という思想が好きです。

しかし、義理人情が「悪用」される場合も、あるのですね、、、

私見ですが、お金を儲けようと、相手のことを全く考えずに、義理人情という名目で、人の弱みにつけ込むことは、私は「嫌い」です。

個人的な見解ですが、義理人情は、本来「採算度外視」です。

そんでもって、相手が、何か、感謝の気持ちを表現したい時に「お金」が発生します。

「お金は汚い」と、よく聞きますが「私は、そうは、思いません」

日本銀行券(1万円札)と、ユーロ紙幣と、ドル紙幣と「チェココルナ」みたいな謎の通貨を見比べても、何が汚くて、何がキレイなのか、さっぱり、分かりません。


世界の通貨画像
http://www.tsuuka.com/img/midashi.jpg


私は、以前、記事で「お金=モノ」だと述べました。

私達は、相手が、何か、一生懸命になって、お手伝いをしてくれた時に「ありがとう」という言葉を発します。


「ありがとう」という気持ちが「お中元」や「お歳暮」という「モノ」になります。

「ありがとう」という気持ちが「チップ」になります。

「ありがとう」という気持ちが「結婚式などの御車代」になります。


私は脳が溶けているため(半熟)、以下のような式を描いています。


「感謝の気持ち」=「ありがとうという言葉」=「モノ」=「お金」



こうなると「お金は汚い」=「感謝の気持ちは汚い」ということになり、私の中で「お金は汚い」という解釈は「非合理的な、誤った考え」になります。

お金でも、モノでも、言葉でも、その根底にあるものは「感謝の気持ち」だと、私は考えます。


人は、慌てると、目の前がすぐに、見えなくなります(※)。

※私はずっと、前が見えません、、、


私見ですが「お金が欲しい」という発想は「感謝の気持ちが欲しい」という発想と、同義です。


感謝の気持ちは、自分の行動により、相手が自然に持つもので、少なくとも、卑しい私が、相手に「ありがたく思え」などと、感謝の気持ちを、要求することは、何か、根本的に変な気がします(※)。

※私は法律の専門家ではありませんが、法的にも「強要罪」に該当する可能性が高いと、考えています。


関西の皆様からは怒られるかもしれませんが、個人的な見解として、まず、商売とは、本来、一生懸命、相手に無条件で尽くすものです(=ボランティア)。

一生懸命、相手に尽くしていると、相手の心に「感謝の気持ち」が、生まれます(※)。

※そのような気持ちが生まれない「コンピュータのような人」も、存在します。


それが、最終的に、言葉や、モノや、お金になります。

だから、私は、感謝の気持ちとして発生したお金は、深い礼をしながら、受け取ります。

反対に、感謝も何も含まれていないお金(=あぶく銭)は、私にとって「不要」です。

その様な、お金は、他人のものなら、警察に届けます。

自分のものなら、宇宙開発事業ではなく、日本国債(個人向け国債・変動10年)を通じて、現在、生活保護を受けている、資金的に苦しい人々に、私は資金を回します。


私の妻が「ひと月に稼いだ17万円」と、私が「道で拾った17万円」は「全くの別物」です。

前者は「我が家に必要な、お金」です。私は、そのお金を、家計の運用に回します。この17万円は、病床に伏している、おじいちゃん、おばあちゃんの感謝を、含んでいます。

後者は「我が家に不要な、お金」です。この17万円は、誰の感謝が、含まれているのか、私には、さっぱり分かりません。私は、そのような、お金は、警察に届けます。


私の考えは、あくまでも、個人的な見解です。

ただ、大の大人が「血眼」になって、今のマネーゲームのように、利益目的で必死に株取引をしているのを見ると、私は、なにか、むなしさを感じてしまいます。


大阪のおばちゃん「どないしたん?何か寒そうやなアンタ。とりあえず、あめちゃん、いる?」



こんな空気が、私は好きです。




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