資産を隠して不敵な笑みを浮かべる人々のイメージ



「おたく、お給料なんぼもらってますのん?」

この質問はタブーである。

当たり前と言えば当たり前なんだろうが、「なぜだ?」と問うと、恐らく「それが当たり前だから」という回答が返って来るだろう。

「強盗が来るからマズイだろう?」と思われる方は、上場企業が定期的に公表している「決算報告書」を見て欲しい。

そこには、1円単位で、ガッチリと数字(収支)が書かれている。

しかし、誰も企業に対し、野蛮な手段で強盗に入ったりはしない(日本人は謙虚だから、誰も居ない時に、コッソリ盗んでいるのかもしれない)。

セキュリティの強化によるものもあるだろう(一部の企業は、従業員本人が認証に失敗して部屋から締め出されるくらいセキュリティが厳しい)。

しかし、ふと疑問に思う。

なぜ、企業は会計を「開示」しているのに、家庭は家計を「非開示」にしているのだろう?

もちろん、企業は株主や従業員に経営状況を開示する義務があるから、開示しているのであって、義務がなければ、恐らく非開示にするだろう(そして、コッソリと何かマズイことをすると思う)。

「じゃあ、お前んとこの収支はどうなってんだ?」と言われそうだ。

私は、何らやましい事はしてきていない。よって、ここに収支を公表する(概算)。

月の世帯収入…17万円
月の世帯支出…9万1千円
総貯金額…約800万円(将来の子育て資金)


この1年間、毎月のお金の流れは、上記から殆ど変わってない。

支出については、家賃や光熱費、保険料といった固定費を始め、夫婦の余暇の過ごし方(基本、公園や、見知らぬ駅の付近で散歩)や安くて美味しい食材や日用品の選別に至るまで、何もかも1から徹底的に見直した。

移動もチャリだ。今夏、チャリの前輪が老朽化したので、自前で交換した。通常5000円かかるところが、部品代2500円だけで済んだ。代わりに、虚弱体質が災いして、熱中症になりかけた。

お酒は飲まない(調子が崩れる)、タバコも吸わない(同)、ギャンブルもしない(お金の流れが一方向でないものに、お金は使えない)。

正直、これ以上、支出は減らす余地が無い(後は自分が、この世から居なくなれば、月1万円の節約になるが、これは本末転倒である)。

では、収入はどうか。

本来なら、労働法により、労働者は一致団結して「賃金上げろ~!」と、企業経営者側に交渉することが出来る。
少なくとも、私の妻には、その権限がある。

また、事前に通告した上で、労働者全員で職務を放棄し、ストライキをする事も出来る。

ところが、どうであろう、周りを見渡しても、ストライキの「ス」の音も聞こえてこない。

「大変だ!バスと電車がストライキで止まった!」
「大変だ!ストライキで職場に誰もいない!」
「コンビニに買い出しに行ったら、ストライキで全店閉まってる…」


こんなことは、生まれてこのかた、経験が無い。

昨日、図書館(無料)で経済誌に目を通すと、「労働者が団結して、経営者に対し賃金交渉をするなんて、もはや時代遅れだ」と書いてあった。

法律が存在するのに、「時代遅れだから、権利を行使するのはおかしい」という論調は、極めて乱暴、ランボル〇ーニである。

「では、どの時代から、どのくらい遅れたら権利は行使出来なくなるのか」という疑問を悶々と抱えたまま、昨日はぐっすり寝た。

結局、妻の収入増を期待するのは難しい。

モノやサービスが売れない時代、経営者も労働者も、常に必死なのである。

私は、誰も責めるつもりになれない。

では、自分はどうか。

今の自分の身体の調子を考えると、決められた時間、決められた仕事をやり続けるのは、難しい。ここまでくると、「将来に向けた自分への投資」などと、気軽にお金をかけるのは難しく思える。

やはり、家事に専念するしかない。ここ5年くらい身体の調子が変なので、ビジネスマン的にバリバリ働いている将来の自分は想像出来ない(トイレや風呂の排水口周りを掃除している自分は想像できる)。


ところで、今の資本主義社会においては、個人の資産に加え、特許から、個人情報、情報商材、ラーメン秘伝のスープに至るまで、様々な情報が「隠されている」

何故「隠されているのか」といえば「隠すこと」で「お金の流れが生まれる」からである。

例えば、windowsOSは、ソースコードを隠すことで、顧客からMicrosoft社に対し、お金の流れを作っている(ソフトの販売で運営)。

反面、LinuxOSは、ソースコードをオープンにすることで、お金の流れは作れていないが、全世界の人々が、無償で協力し、優れたソフトを作り、顧客に無料で提供している(寄付による運営)。

Wikipediaも後者だ。


結論が出そうだ。

インターネット環境が整備され、様々な人々が互いに協力出来る世の中になった今、私は、何かを隠して資金の流れを作りだす現代の社会構造は「終わりを迎えつつあるのではないか」と思う。

少なくとも、文明が急速に発達し、経済•産業が成長限界に近づいている現代社会において、もはや個人が資産を隠す理由は「無い」のではないだろうか。

いっその事、全員で一斉に、資産を公表してはどうだろうか?

お金持ちの人は妬まれるだろう。

でも、先に所有する資金の一部を貧しい人に分け与えていれば「金を出せ」みたいな野蛮な人間は減るんじゃないかと思う

人1人が生きるために必要以上の資金を個人が持っていても、しょうがない。

資金は「循環」するのだから(※)。

※資金は労働の対価であり、先人達が汗を流して生み出してきた、いわば「命のバトン」である。このバトンを我々はしっかりと受け取り、使い方を吟味して使い、後世の人々に渡さないといけない



情報行動 (中公新書 306)外部の情報が人の行動に与える影響について書かれた古い本


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